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​10000日と、その先も(19153文字)

​井口ぐい

自分達の頃と同じ懐かしい掛け声が冷んやりと澄んだ空気を震わせ校舎の奥から響きわたって近づいてくる。

つい最近の予選でも見かけた目に優しくないジャージだ。

歳の離れた後輩達が次々と正門を駆け抜けて行くのを離れたフェンスの横から目で追いかける。

「走っていい?」

「ああ、うん。いいよ」

ああ、やっぱそうなるよな。

ソワソワと後輩に向ける眼差しに走りたいだろうなって予想はついていたが可愛いくってつい許してしまう。

「荷物あるし走るカッコじゃないから軽くな」って俺の言葉に聖臣は頷き過ぎ去って行った一回り近くは歳の差のある後輩達の後を2人で追った。

9年前まで3年間毎日走った懐かしい道を。

12月15日木曜日、よく晴れたシーズン真っ只中の師走の半。

試合が一区切りついた時期で天皇杯の真っ只中。何で大阪と静岡の2人が井闥山にいるんだって?

そんなの俺が教えて欲しい。

何が起こってるか説明するには遡ること6時間くらい前から話すことになる。

 

 

   *******************

 

 

  ...... あったかい。

ふわふわとした微睡のなか身体に馴染む温もりを側に感じる。

思考なんかすっ飛ばして身体に擦り込まれた温かい記憶。

気持ちよくて満たされてふにゃってなるソレ。

心地良い温もりを追って、羽根を包んだ柔らかいかたまりを掻き分けて、大大大好きなソレに手を伸ばす。

「きよおみぃ......」

 

伸ばした先の輪郭に安心して抱きしめると自分より大きな腕が抱き返してくる。

幸せだなぁ......。

 

ゆっくり目蓋を持ち上げると大きくて真っ黒な瞳がじっと自分を見つめていた。

............ん??

 

そう、古森の最愛の恋人である佐久早聖臣が。

「ふぇッ??!!」

 

端正に整った顔が、驚きのあまり盛大に歪む古森の表情にしたり顔で笑みを浮かべた。

 

 

 

「ハッ!?? なッ、チョッ!!!タイムッ!!!テクニカルタイムぅっっ!!!!」

慌ててベッドから飛びでて洗面所まで走ってまたローテーブルまで舞い戻って、スマホ片手に心当たりの相手を秒でタップする。

「オ゛イ゛!!角名!!!電話でやがれっ!!!」

 

着拒を決め込むチームの相棒からEJPの公式スタンプが送られてきた。

"ドッキリ成功★"

「クッソ は ら た つ ナァ???!!!」

煽りまくりな自分と角名のスタンプにこれ程腹立つ日が来るとは思わなかった。

サポーター様とその周辺被害者の皆様、本当に申し訳ございませんでした!!

 

"また明日!" "お幸せに♡"と、続けてファンシーなスタンプが追い討ちをかけてくる。

 

 

嵌められた。

昨夜はヤケに角名の機嫌がいいなとか、いつにも増して鷲尾さんがお節介だなとか引っかかってはいたが、翌日の旅行に浮かれてるのと軽い宅飲みで招いた自室がいつもよりチョットだけ盛大に散らかってたせいかなって思ってたけどヤッパなんか企んでたし。

今日は3人で日帰り旅行のはずだった。

工場メンテの一斉休に近場の温泉地に日帰り旅行しようって角名が言い出していいな!行こう!ってなって川根温泉に行く予定だった。

 

昨夜の出来事が脳裏を掠める。

「今日ばっかりは言わせて貰う。生活の乱れは心の乱れで心の乱れは延いてはバレーに影響する」と鷲尾さんに小一時間説教されて二人に手伝って貰って部屋の片付けをしたこと。

要らねえって言ってるのに角名が布団をファブってカバーやシーツを新しいのに変えてたこと。

 

「寝具を整えると運気が上がるって。まあまあ、いいから騙されたと思ってやってみなよ? 24時間後に古森は俺に感謝する事になるから」

不敵に笑う角名の台詞を思い出す。

 

事実24時間どころか8時間後に感謝する事態になっているんだが。

主犯は角名。聖臣が企んだとは思えないし、大人しく茶番に付き合っているあたり侑も共犯だろう。

鷲尾さんまで丸め込んで何考えてんだ。

 

かなり前々から練られていたであろう稲荷の画策にスマホを握ってぐぬぬと顔を歪める。

目を閉じて眉間に皺を寄せる古森を他所に身支度を終えた佐久早の声がそんな古森を引き戻す。

 

 

「ねぇ」

 

不意の呼びかけに思わずビクッと肩が跳ね、恐る恐る振り返る。

「ハイ......」

振り向いた先の佐久早は逆光でいつにもまして眩しく見えた。

 

「元也の今日1日、俺にちょうだい」

「は、はい......」

 

 

それから聖臣が用意していたサンドイッチとまだ残っていたスープでさっと朝食を取って社宅の真前の駅から列車を乗り継いで東京体育館に連れて来られた。

今週末の試合会場に一体何の用事があるというのか?何が何だかさっぱりだ。

いきなりの出来事で思考が追いつかない俺を他所に中を軽く周ってから中学の予選で使った上板橋体育館にそのまま連行される。

「懐かしいなぁ、もう何年前?12年前!?こっわ月日の流れ怖すぎる!」

あ、ロビーのトコそのまんまだな。

ココを集合場所にして点呼とって集まってたの懐かしいなとぼんやり辺りを見回した。

 

「本当は、味の素ナショナルトレーニングセンターや最後の春高のさいたまスーパーアリーナにも行きたかったんだけど時間的に今日はこの2か所だけ」

そうポソッと言って、次はコッチと連れられて、辿りついた先がココ。

 

 

正門を抜けた現役井闥山バレー部を何故か現役Vリーグ選手が追いかけている。

あれから9年経って、聖臣は他の選手に比べると今でもスリムな部類だけれどあの頃よりしっかりとした背中が後輩との歳の差を感じさせないペースで俺を引っ張っていく。

背が少し伸びて体格が良くなった聖臣。

俺は当時と殆ど変わりないけど。いや、身体つきはまあ良くなった!うん、ちゃんと成長した!

聖臣が何を考えているのか何をしたいのかは未だによくわからないけど、どうやらノスタルジーな気分らしい。ということだけはわかった。

 

 

 

ぐぅ〜〜〜。

外周を終えたところで間抜けな音が盛大に響く。

怒涛の出来事に頭が追いつかなくてすっかり時間を忘れていたが、古森のお腹は正確に時を刻んでいたようだ。

 

「ああ、もうこんな時間になってんのか。午後練だから当たり前っちゃ当たり前か......」

「ランチ、予約とってる」

「お、......おう」

 

多分あそこだろうな。

学校近くの喫茶店。寮生であまり出歩くこともなかったので縁のあるトコなんて限られる。

古森の予想のまんま、懐かしい路地を奥へ奥へと進んで街が見渡せる坂の途中の可愛らしいこぢんまりとしたお店に辿り着いた。

 

「なっつかしぃーなぁ」

寮生なのもあって在学中に訪れたのは数える程しかなかったが、思い入れのとても強い場所だ。

「覚えてる?飯綱さんに連れて来られた日」

「忘れるわけないじゃん!聖臣と一緒になって最初に来た日もな!!」

破顔する古森に佐久早も目尻を緩める。

 

古森のレギュラー入りが決まった高1の夏の終わりに飯綱さんがこっそりお祝いをしてくれた。

高校生になってから家族や遠征以外の初めての外食で、女性客の方が多いおしゃれで可愛らしい内装と調度品にソワソワしながら足を踏み入れたあの日を今も鮮明に覚えている。

自分たちの前に用意されたご馳走も綺麗な見栄えにあった優しい味付けで俺も聖臣も虜になった。

それから程なくして長年一緒に連れ添った従兄弟の聖臣から猛烈な勢いで告られた。

あまりの押しに押し通されて右も左もわからないまま交際をはじめて少し経った頃、短い半日の休みに初めてのデートでココに再びやって来た。

その時もお店の段取りをつけてくれたのは聖臣だった。

人と関わるのが苦手で、外食なんて自分からする事ないし、況してや予約した事なんて無かっただろうに俺の為に一生懸命頑張ってくれたのがぐっときた。

キスとかそういうのは俺がちゃんと好きになってからがイイって言われて全然だったんだけど、ふとした時の仕草や思いやりが本当に俺の事を大切にしてくれてるんだなって伝わってきて凄く嬉しかった。

    ――― ここは、特別な場所だった。

 

 

遠い彼方の記憶に想いを馳せて目を緩めていると、思い出深いお気に入りのメニューにテーブルが彩られた。

「フッ、お子様ランチ」

「ワンプレートランチ!お子様ランチじゃねえ!」

聖臣の目線が、オムライスにハンバーグにサラダに付け合わせのパスタにココットに収まったプリンにオレンジジュースにと、ひと通り辿った後に古森の顔に向けられる。

「一緒じゃねえか」

「一緒じゃねえしっ!」

 

こういう憎たらしいトコは昔から全く変わってなくて、まあそれが佐久早なんだけどチョットはデリカシーってモノを身につけて欲しくもある。

運ばれてきた料理に手をつけて、ふわっとしたトロトロ卵をパクっと含んで舌の上を滑らせる。

あの頃はまだ聖臣のことを恋愛的に好きかどうかなんてよくわからなくて、恋愛かどうかは兎も角ほっとけないなぁかわいいなって気持ちはずっと昔からあって、ソレが付き合いだして膨れ上がってる気はしていた。

聖臣を愛おしく思うソレと恋愛の境界線がどんどん曖昧になってきていつか絆されるんだろうなぁって、このふわふわの卵と上にかかったミルクがトロトロになって混じり合うみたいに俺の気持ちも俺たちも一つになっていくのかなぁとかメルヘンチックに思ってた。

気持ちを自覚する前からずっと気になってて愛していた聖臣と一緒になれて、あの時も今もホント幸せ過ぎるよな。

口の中の卵のように俺の心は幸せすぎてトロトロだ。

 

 

 

幸せなランチを終えて2人で扉を開けて外に出た。

「で?次はドコに連れてってくれるんですか?聖臣くん」

「コッチ」

ニヤっと笑って聖臣が手を引いた。

 

電車に乗って乗り換えて地元の街が近づいて来る。

寮生だったからあまりこの路線の思い出なんてないんだけど、入学前練習や入寮の日、一緒に帰省した日、寮を出た日を思い出す。

いつも傍らに聖臣がいた懐かしい日々。

 

あの頃には無かったすっかり見慣れた安全柵を通り抜けて勝手知ったるホームに降りる。

最後に帰省したのは開幕前。改札はカボチャのオブジェから飾りでいっぱいの聖臣サイズのツリーに変わっている。

聖臣と親しくなった頃は2人で見上げていたのに今となっては目線付近の高さになってからの月日のほうが長くなってしまった。

キラキラの丸い飾り目掛けてジャンプしてる子達がありし日の自分達と脳裏で重なる。

次に来る時は兎と竹になっていることだろう。

 

さて、流石にドコに行くつもりなのかわかってきたので悪戯ぽい笑顔を乗せて聖臣の前をクルっと振り向く。

「どっち先に行く?」

「中学」

「リョーカイ!」

その言葉を合図に聖臣の手を掴んでぐいっと力の限りひっぱった。

 

 

12月15日木曜日、よく晴れたシーズン真っ只中の師走の半。

試合が一区切りついた時期で天皇杯の真っ只中。何で大阪と静岡の2人が一緒に育ったこの街にいるんだって?

そんなの俺が教えて欲しい。

聖臣の手を引っ張って、小中と毎朝2人で走ったいつもの道を駆け抜ける。

人の目だとか、荷物があるとか、そんなの全部ほっぽり出して。思いの向くままそのままに、今も昔も大大大好きなお前と一緒に勝手知ったるこの道を。

 

 

小4の頃に聖臣がやろうって言って始めたロードワーク。

聖臣の家がスタートで、少し先の小さな商店街を通って駅に出て、住宅地をまた抜けて中学で曲がって戻ってくるコース。

6年近く毎日走ったルートの途中が目的地。

「ハァ、ハァ、ハァッ」

「ハァ、ハァ、......無茶し過ぎ」

「なはは、はははっ!」

呆れつつも満更でもないといった聖臣の表情に俺は満足して笑う。

「着いたな」

「うん」

 

井闥山の時と同様に校舎の外周をゆっくり歩む。

テスト期間後で午前授業だった高校と違って中学は午後も授業をしているようだ。

あ、こんな風になったんだな。

何年か前にシートを掛けられていた改築後の校舎を初めて目の当たりにする。

新しい壁面は降り注がれる日差しで眩く煌めいて見える。

校舎に沿って側道を歩いているとフェンスから離れた校庭を野外授業らしい子達がキャンバスを持って通り過ぎて行った。

自分達の頃は黒と紺だったブレザーが明るい茶色のジャケットと下はチェック柄の物に代わっていた。

聖臣が立ち止まって中庭を思い思いに周る子達を見つめる。

いつもより少し伏せ目がちな黒い瞳に思わず自分の胸もぎゅっと痛んだ。

ソレは、自分達の慣れ親しんだモノがいつまでもソコにあるわけじゃないって至って当然のごく当たり前の事実。

気にかけてない間にも日々は平等にちゃんと進んでて、自分達が慣れ親しんでよく知っているモノが知らないモノへと遷移していく。

12年の月日の移り変わりを噛み締めるように自分の中に落とし込んだ後、スッと目線を進む先へと戻して聖臣はその場を後にした。

 

 

 

「次は小学校だろ?折角だから登下校してた道通ろうぜ」

「いいよ」

俺の言葉にそう応えて2人はまた歩きだした。

目的地へはやや遠回り。

中学の登下校の道を通って小学の時の登下校の道とぶつかるトコまで行って小学校に向かう。

「なぁ、あそこ寄っていい?買い食いしてたトコ」

「買い食いしてたのはお前だけなんだけど」

一言不平を言わきゃ気が済まない従兄弟にそうだっけか?って軽口で返し2,3言葉を交わして寄っていいよと許可を得る。

 

 

「ハハッ、やってるやってる」

ペンキの色が色褪せて、庇テントが一部破れた年季の入った個人商店。

入り口には今も変わらずガチャガチャが並んで戸口の向こうから駄菓子の陳列が出迎えている。

「おっじゃまっしまー」

「「「デカっ!!!」」」

「もっくん!?えっ!もっくんおっきい!!!」

暖簾をくぐると入り口近くに丁度居合わせた園児くらいの子達がわらわら集まって来た。

この子達は俺達の事を知っているらしい。あず姉が教えたのかな?

教えてくれたことや覚えてくれていることが嬉しくって頬が緩むのは仕方ない。

「もっくんは大きいんだよ!」って膝を折って子ども達と目線を合わせて答える。

さあて、そんじゃあ誤解の原因を教えてやろうか?

「もっくんが小さいんじゃなくて、佐久早がもーーっとおっきいだけ!ホラ!」

そう言って戸口の外の諸悪の根源を振り向きざまに指差してやった。

「「ギャーー!!」」「「キャーー!!」」

「スッゲエーーーッッッ!!!」「デカイーー!!」「デカッ!!まじでヤベェ!!」

わっと飛びだし周りをぴょんぴょん飛び跳ねるちびっ子達に心底嫌そうに触られないようヒラヒラかわす聖臣。

ちびっ子に大人気の聖臣とかウケるwww

「お〜い皆、佐久早は触ると弱っちゃうからお触り禁止だぞ〜」

ひとまず佐久早がチョットだけ可哀想なので助け舟を出してやる。

 

 

「何々!??じゃりんこ達煩いよー!」

外の騒がしさに店の奥から馴染みのある声が顔を出す。

「えっ!!もと君!?嘘っ!!」

「お久しぶりでーす」

「久しぶりって何十年振りだと思ってんの!!?」

「何十年は経ってない。十数年!十数年!」

騒がしさに眉間に皺をよせる聖臣にあず姉はハッとして、大型犬を宥めるような仕草で両手を上下させる。

「ちょっと待って、まだ帰らないでね、きぃちゃんウェイト きぃちゃん ウェイト。 ドント ゴー ホーム。おばーちゃーん!!もと君ときぃちゃん帰って来たー!!!」

「煩スギ......」

「なははははっ!」

 

 

 

それから暫くして、ぱんぱんの袋を持たされて皆に手を振られながら俺達はお店を後にした。

「あず姉もお母さんか〜。どうりで色んな物が変わってるわけだ」

「まあ、アノ人俺達より5つ上だし」

「聖臣、そー言うコト女性に言っちゃダメだぞ。あず姉だけにしとけよ」

「アノ人はいいのかよ」

その問いに古森は明言せず、なははははっといつもの陽気な笑い声で返した。

 

「もう十何年も会ってないのに家族で応援してくれてるの嬉しいな」

「うん、そうだね」

小学校で辛うじて被ってたくらい。

子どもの頃からココでお店番をしていて何かとお世話してくれて宿題も手伝ってくれたお姉さんが、自分達の知り得ないところで今も自分達の味方でいてくれている事に胸が暖かくなる。

「聖臣珍しくちびっ子に大人気でよかったじゃん!」

「集団で絡んでくるのホントやめてほしい」

そう言って心底嫌そうに首を横に振る。

 

聖臣の腕の中のモノに目をやって、そっと口にする。

「おばあちゃん、元気そうでよかったな」

「うん」

珍しく柔らかな表情で目を細めて頷く聖臣が大切そうに包みを抱きしめている。

おばあちゃんは気難しい聖臣の事をよく見てくれていた。

聖臣が言葉に出来ないことをゆっくり紐解いてくれるなんでもお見通しの凄い人だった。

「お前、おばあちゃんの作った梅干し大好きだもんな」

「うん、大好き」

持たされた包みの中には聖臣の大好物が詰まっている。

大切に大切に抱きしめている姿に俺まで多幸感に包まれて頬がふんわり緩んだ。

「また帰ったら会いに来ような」

「うん」

 

 

それから多くは語らず赴くままに足を進めて目的地に辿り着いた。

小学校に行くと体操服がカッコよくなっていた。

校庭に散らばる遊具も所々変わっていた。

校舎は耐震補強の鉄骨が斜めに追加されている。

9年も経って社会情勢も色々あったから変わって然るべき変化なんだろう。

それから外周を進んで最後に現れた体育館は唯一変わらない外観をそのままにそこに建っていた。

桜が花開く頃、最初と最後をここで飾った。

体育や行事などで6年間お世話になった場所だ。

「変わらないコトってこんなに嬉しいことだったんだな」

思わずこぼれ落ちた俺の言葉に無言で聖臣は頷いた。

 

 

「さてっと、この後どうすんだ?さすがに幼稚園は行かないだろ?」

「行かないな。そもそも俺は幼稚園は行ってない。ずっと保育所」

「あー、そういや遅くまで預かり保育してるトコだったっけ?

保育所は別だったから一緒になったのは小学からだったな。じゃあ追憶旅行はこれで終わり?」

つい今しがたまで柔らかだった目には鋭さが戻り眉間に皺が寄せられる。

俺の言葉に首を横振り、ほとほと心外そうに聖臣が答える。

「まだ終わってない。一番大切なトコ、残ってるでしょ」

 

 

後ろの俺の事なんかまったく気にせずドンドン進む聖臣を追って路地をまた進んで行く。

それは目に馴染み過ぎてる2人で良く通った道だった。何度も何度も通った道だった。

「え?ちょっとまって、この道って!?」

行き着く先の予測に古森は辺りをきょどりながら何度も見回す。

「えっホントに?ホント行くの??絶対騒ぎになるよ!聖臣また囲まれちまうぞ!?」

「煩い。ココ行かなくってどこ行くって言うの?」

そう言って施設の前に着いた聖臣が心底呆れた顔で振り返った。

「俺達がバレーと出会ってバレーを一から身につけた場所。これ以上に大切な場所なんてある?」

「......ない、です」

 

ハァっと小さなため息を溢してから聖臣が通用口に入っていく。

「ってオイ、勝手入るなよ」

「監督には連絡取ってる」

「おお......。って、俺シューズ持ってないんだけど」

聖臣がリュックをトントンと指で合図する。

慌てて中を見ると見覚えのある袋と布が出てきた。

「え!?シューズと着替え入ってる......。なんで会社のシューズが!?って、角名かぁーー!!」

古森が憤慨している間に素知らぬ顔で佐久早は中に入って行った。

「っておい、待って!」

 

 

 

 

事務所横の通路にある鉄柱の並ぶ小窓から中を覗く。

練習は始まっていて子ども達がボールを追いかけていた。

「うおっ、ちっせぇ!」

「試合会場とかで見てるじゃん」

「いやまあそうだけどー。改めて見ると思うコトってあるじゃん?

...... 俺達も、あんな感じだったんだよな」

「だろうね」

監督が子ども達を集めて小窓の奥の俺達を手招きした。

「お?出番らしいぞ」

 

監督の合図で中に踏み入れると甲高い声達に歓迎された。

「「「佐久早だーーー!!!」」」

「「デケェーー!!!」」

「古森選手もいる!?」

「古森でけぇ!!」「古森ってあんなデカいの!?」「プロフィールに180って書いてんじゃん!」

口々に思い思いの言葉が一斉に投げがかけられる。

「コラー!さんか選手を付けろ!」

よく自分達も言われた台詞にクスッと笑う。

令和っ子達も平成っ子達と同じく元気いっぱいだ。

「今日はサプライズで昔うちのクラブ生だった佐久早選手と古森選手が一緒にバレーをしてくれます。拍手〜!佐久早選手から自己紹介お願いしまーす!」

「......MSBYブラックジャッカルでアウトサイドヒッターをしている佐久早です。よろしくお願いします」

パチパチ鳴り響いた後、聖臣が口数少なく紹介して軽く頭を下げた。

「短ッ!!佐久早もっとなんかあるだろ?なぁ??」

俺の指摘にいつもと変わらずそっぽを向く。

「はははっ、じゃあ古森選手」

「EJPライジンでリベロやってる古森元也です。

皆、俺達のこと知っててくれてありがとう!皆とバレーできるのスッゴくスッゴく楽しみです!突然でビックリさせちゃったけど今日は皆よろしくな!」

軽く紹介をした後に一呼吸置いて大切な訂正をいれる。

そう、誤解はすぐその場で訂正しないといけない。

「1つ、皆に大切なお話があります。俺の身長は180cmではありません。181.1cmデス!181.1cm!!」

「測定誤差の範囲だろ」

「佐久早テメェ!!」

「お前ら変わってないなー」

聖臣の容赦ないツッコミにムキになる俺。

全く成長の見られない俺達のやり取りにやれやれと監督がボヤいてから試合のルールを簡単に説明した。

「じゃあ早速2人に入って貰って紅白戦するぞー。佐久早選手と古森選手はトスのみの参加で攻撃とレシーブは禁止で頼むな」

「はーい!」

「はい」

 

 

慣れないことで難しいとは思っていたが、打ちやすい高さを検討して検討してトスを上げるが思うように得点に繋がらない。

そんな俺達のチームに対して古森のチームは連携がばっちりだ。

個々の調子や特性を見抜いてタイミングよく褒めてアドバイスを入れてチームを鼓舞する。

本当にこういうことでは今も昔もアイツに敵わない。

「チッ......」

思ったよりトスが高かったらしくスカッと空振らせてしまった。

「おしぃー!佐久早くーんトス高すぎだと思いまーす!大丈夫??」

「黙れ古森」

 

はぁーと一息ついて切り替える。

コレは俺と古森だけの勝負じゃない。俺達はあくまでもお膳立て役で主役はこの子達なんだから。

「俺がブロックの時合図するから声に合わせてゆっくり飛んでみて」

切り込んできた古森チームのスパイカーの踏み切りに合わせて掛け声をかける。

「せーのっ!!!」

見事タイミングが合ってバンッとういう音と共にボールを弾き落とす事に成功した。

「クッソーーー!!!やるじゃん!!」

ネットの向こうで古森が盛大に悔しがりつつ佐久早チームの子ども達に賞賛を送った。

 

結局紅白戦は古森のチームに手が届かず負けてしまったが皆充実できる良い試合になったようでよかった。

案の定古森は大人気で対戦チーム側の子達も試合後に群がっている。

「古森さん中学までスパイカーだったんでしょ!?」

「スパイク見たい!古森さんのスパイクみたい!」

「え〜そんな言われると照れる〜」

いいよ。コレくらいの高さに上げてねと古森は近くにいるノッポの子にボールを投げ上げて高さを指示してボールを渡す。

「スパイクするからネットの向こう側の皆避けてー!」

ボールを渡された子が指示されたトコを目指して高く投げ上げるのに合わせてタタッキュッと小気味いい音と共に古森が飛翔する。

 

 

        『聖臣みてて!!』

 

 

懐かしい甲高い声が脳内で再生され、

その瞬間ちいさな元也の影が元也と共に宙を舞い高く上げられたボールを撃ち抜く。

刹那の時が永遠のように感じられ、ダンッと鳴り響く音によって佐久早は現実に引き戻された。

 

18年前の鮮明なソレが目の前の光景と重なって胸が熱くなる。

視界が鮮明になり世界がキラキラと輝いて見える。

そうだ。今も昔もいつだって、元也は俺を捕らえて離さないんだ。

 

 

「おーい、最後に2人のサーブレシーブ対決見せてやってくれ〜」という監督の願いでネットを挟んで対峙する。

サーブレシーブ10本勝負。

「さっきは負けたけど、今度は負けないから」

「全部拾ってやんよ!」

「言ってろ」

あの頃も今も俺の最大のライバルはお前で、お前の最大のライバルは俺だ。

 

 

   *******************

 

 

すっかり日が暮れて混み合うベッドタウンの主要道をゆったりとした速度で車を走らせた。

体育館を出てから俺の実家で汗を流して近くで手配していた車を回収して次の目的地へと向かっている。

 

助手席の元也はニッコニコだ。

それもそのはず、最後のサーブレシーブ対決でも3 : 7でまた元也に負け越してしまったのだから。

ギリっと悔しさを押し殺してハンドルを握る。

サーブの強化をする必要がある。関西に戻り次第一から特訓だ。

 

 

難しい顔で運転する佐久早に満足そうにしていた古森が話しかける。

「体動かしたらお腹減ったなあ。夕飯どこ連れてってくれるの?また懐かしいトコだろ?かつ屋さん?それとももんじゃ?でっかいハンバーグのトコとか??」

「どれもハズレ」

「懐かしいトコじゃないのかよー」

ぶぅーと古森は表情豊かに抗議した。

「......懐かしいトコだよ。その前に1ヶ所行きたいトコがある」

フッと笑う佐久早に古森はクエッションマークを頭に浮かべて首を傾げた。

 

 

聖臣に連れられて隣県との境も境、住宅街の駅近くに降り立つ。

予想が正しければ、目的地は隣県になる。

(というか予想の施設以外こんなトコなんの縁もゆかりもないから間違いないだろう)

しかもどういうわけか施設横の駐車場ではなくて、子どもやカップルが賑わうロープウェイ側だ。

「聖臣、いいのか?お前こーゆーのニガテじゃないのか??」

「得意じゃないけど、嫌ならそもそも来ない」

「そらそうだけど。イイのか?もっと近くに駐車場あるのにワザワザ人がいっぱいで遠いロープウェイ側とか」

「コッチの方が眺めイイし来た感でるだろ?」

「お、、おう......」

 

 

半ば放心状態でキラキラ光るスロープを登ってゴンドラ列に並ぶ。

聖臣が自ら人混みに突っ込むなんて。聖臣が自ら遊園地に行くなんて。

理解できない現象に脳が追いつかずにいたら自分達のゴンドラがやってきた。

10番。お互いに背負った事のある番号のソレに乗り込み、治らない動揺で目を泳がせているとロープウェイの支柱の根元にひっそり追いやられた園のマスコットと目があった。

お前、そんなところで大変だな。

 

 

遠い昔一度だけ聖臣とココに来たことがあるけど、ソレはそんないい思い出じゃなかった。

今だってそんな好きでもなさそうな場所なのになんでわざわざココなのか?

 

「......ねえ、いい加減外見なよ。そろそろ見えるよ」

気づけば足元ばかりにやっていた目を佐久早に指摘されて窓の外へと上げる。

「あ、...... 観覧車」

森を登って超えた先に薄らと観覧車の頭と空との境あたりを彩る色とりどりの光が段々近づいてくる。

 

「綺麗だね」

「う、うん......」

突然ぎゅっと右手が温もりに包まれる。

「へッ!?」

見ると右手が自分のより少し長い指に絡め取られていた。

「嫌?」

「嫌じゃないッ!嫌じゃないけど、手慣れた感じにビビったっていうか、コレ角名達の差金?」

古森の余計な一言で右手はペイっと投げ捨てられる。

「ごめん!ごめんて!悪かったって!」

驚きすぎて思わず口が滑ったのを全力で謝りなんとか指を絡め直させて貰った。

「角名達は関係ない。ココに来たのも、こうしたのも俺がそうしたかったから」

「そ、そっか......」

 

 

真下の遊歩道に様々な模様と艶やかな色を施された和風の傘が飾られて一本一本照明を充てられたソレが華々しく輝いている。

艶やかなその道を進み、いよいよ園の上空に差し掛かる。

 

園内見渡す限りのイルミネーション。

龍みたいな稜線の蒼光に輝くジェットコースターを潜って園内に入って、ピンクやブルーやグリーン、七色に彩られた木々や遊具や施設が2人を歓迎してくれるかの様にキッラキラに輝いている。

まるで夢の国に入って行くみたいな。遠い昔に大興奮したアノ時と同じ情景の中、今は右手の温もりにドキドキが止まらない。

降り口が近づいてスッと抜き取られる指が寂しくって離された手はポケットに突っ込んだ。

 

前売り券をサッと渡す聖臣に連れられてゲートを潜った。

ゲートの先は高台で園の全景を見渡せる所謂映えるスポットで、老若男女が角名のように楽しそうにシャッターを切っていた。

パシャッ

「えっ!?」

「写真くらいとるけど」

「ちょっ!絶対俺、今変な顔だったんだけど!?撮るなら先に言ってよ!!」

ハハハッっていつになく楽しそうに笑ってドンドン先に行く聖臣を待てよって追いかけた。

 

文具やカップ麺の建物も電飾でぎっしりラッピングされてピカピカだ。

ああ、こんなのあったなって懐かしい施設と子供たちの間を通って噴水広場に向かう。

 

「すげぇー」

さまざまな姿に形を変える流体を光の粒子が色鮮やかに彩っていく。

18年前の光と水の噴水ショーも大迫力だったけど、プロジェクションマッピングでショーは盛大に進化していた。

「噴水ってディスプレイみたいになんだな」

「本当の画面みたいでスゴイね」

自分達が重ねた月日による技術革新を突きつけられてその時の重みに思わず息を呑み込んだ。

 

ショーが終わり園の中へと足を進める。

「はーっ、相変わらずどこも並んでんな」

アトラクションはどこも列でいっぱいだ。

どうする?って投げた俺の視線を汲みとって聖臣が丘の方を指差す。

「丘の上は並ばずに行けると思う」

「ああ、あの広場な。じゃあソッチ行こっか」

アトラクションは一先ず置いておいて、聖臣と俺は観賞スポットを周ることにした。

 

 

宝石のように綺麗なLEDが所狭しと並んで丘の芝生を飾っていた。

しかし、どこか奇妙な形状に頭を傾げる。

「何で馬蹄なんだ?」

「幸せになって欲しいんじゃないの?」

よくわからないと首を傾げる俺に聖臣が疑問を解決してくれた。

「ホースシューって上が開いてる向きに飾ると幸せを受け止めてくれるって意味のお守りになるんだって」

博学だなって俺の言葉にサイトに載ってただけって聖臣は答えた。

 

鑑賞系のメインスポットは周ったから次はどうしようかなと丘を降りていたらドスって音と共に膝上くらいのモノが聖臣に突撃した。

「おお!?」

「ヒッ!!ごっごめんなさい!」

「ビックリさせてごめんな!コイツでかくて無愛想で威圧感スゲエけど悪いヤツじゃないからなぁ」

直ぐさましゃがんで小学低学年から中学年くらいのちっさな子どもの緊張が解けるようにパッと戯けてみせた。

ぶつかった相手が超巨大で威圧感激ツヨの聖臣とか恐怖でしかないだろう。

 

「顔拭いて」

聖臣がしゃがんでティッシュを渡す。

「お前、迷っちゃったの?」

「気づいたら友達いなくなって、探してるとこ」

「コレだけ楽しい物に囲まれてたら周りが見えなくなるのしょうがないよ。スタッフの人のトコ行けば大丈夫だから一緒に行こう」

聖臣が迷子になった経緯を聞いて、お前は悪くないよ一緒について行ってあげると優しい声をかけた。

 

顔を拭いて少し子どもを落ち着かせてから気を取り直して再び丘を3人で下った。

「「あ!!いたっ!!!」」

丁度丘を降りて、スタッフのいる屋台の方に行こうとしたところで大きな声に呼び止められる。

友達の子達が居たようだ。

友達の子達が駆け寄って来て子ども達が再会を喜びあう。皆無事で良かった良かった。

もう逸れんなよって手を振って子供たちを見送った。

 

 

よかったな。見つかって。

小さくなる影を見つめていると聖臣が優しく声をかけてきた。

「元也は何か乗りたい物ある?今日はそんなに時間ないからいっぱいは無理だけど」

ココに来てからの俺の憂いを聖臣がずっと気にかけてくれているのはわかってる。

空元気で戯けてみてもどうやっても滲むモノがあって、こんな演技じゃ聖臣を欺き通せないのもわかってる。

気遣わしげな聖臣に申し訳なく思いながら前回最後に乗ったモノを口にした。

「......じゃあ、観覧車」

 

 

 ――――――――――――

 

 

きっとソレを選ぶだろうなとは思っていた。

観覧車。そう言って恋人は来たばかりの時のようにまた俯いてしまった。

やっぱりアノ時のことを未だに引きずっているらしい。

仕方がないのでネガティブ元也を引きずるようにして無言で緩やかな傾斜を登っていった。

 

 

 

『臣くんちゃんと思てること元也くんに伝えとる?元也くんがなんでもかんでも汲み取ってくれるからて甘えてない?』

 

『古森はどんな形でも何でも、佐久早が一生懸命考えて贈ってくれるモノなら喜ぶよ。物凄くね』

 

 

お節介な野次馬2人の言葉が反芻される。

アノ時掛け違えてしまったボタンを今日こそ直さなくてはいけない。

 

 

観覧車の扉が閉められてすぐに元也が謝ってきた。

「アノ時はごめん!俺、全然聖臣のコトまだわかってなかって無理やり引き摺り回してお前のこと、右も左もわかんないトコに置いてきぼりにした」

18年前、聖臣がバレーをはじめて一月経たないくらいでまだまだ全然お互いの事をわかってない時に、親が親睦を深めれるようにと姉や妹も行きたがってた遊園地のイルミネーションに連れてきた。

「行きたくなかっただろうに俺達に気を遣ってついて来てくれたのに、全然知らない所や人混み苦手なのに、そんなトコ一人にしてすっごい怖かったよな。ごめっ本当あの時はごめ......」

 

さっきの迷子を見たのもあってかボトボト大粒の涙を元也は流し出した。

「はぁー。反省会しに来たわけじゃないんだけど」

ごめんごめんとなかなか泣き止まない元也を半分呆れながら見下ろす。

アノ時も怒ってないって、ココが嫌いなわけじゃないって言ったんだけど。

 

 

18年前、アトラクションが楽しくてしょうがない元也に引っ張り回されて、ジェットコースターに乗せられて降りて息を落ち着かせていたら丁度通りかかったマスコットの着ぐるみに気を取られた元也が走り出して気づいて追いかけたが見失って逸れてしまった。

 

叔母さんから20時にゲート集合と言われていたので最悪その時間にゲートに居れば何も問題はない。

寧ろ一人のほうが変な物に乗せられたり騒がしいトコに連れられたり知らない人の山に押し潰されることもなくて快適だ。いいこと尽くめのハズなのに何かが心をぎゅっとする。

元也は俺が居ないとどうだろう?

ふと元也はどうか考えてみる。

アイツは誰も居なくてもドコでも楽しくやってる気がするな。

そう思うと何かイラっとする気持ちとそれと、なぜだか悲しい気持ちが胸を燻った。

「俺が居なくて困ったらいい......」

幸い目的地は高台でわかりやすいので来た道を辿ってそこへ引き返す。

人の少ない方へ少ない方へと通路の端っこを選んでキラキラ光る街路樹の隣を進んで行った。

綺麗なモノは好きだし眩し過ぎるモノは嫌だけど、キラキラ光るモノは嫌いじゃない。

一人はいい。静かで騒ぎ立てられなくて急かされなくて。

今まで過ごしてきた心地よかった穏やかな時間で、綺麗なモノに囲まれて、以前はとても幸せな時間だったハズなのになぜか今は何かがぽっかり空いてしまった気持ちになる。

初めて感じる気持ちに胸がぎゅっと締め付けられる。

「......アイツが居ればいいのに」

不意にこぼれた自分の言葉に驚いていると背後から涙混じりの大声が自分の名前を叫んだ。

 

 

「き゛よ゛お゛み゛ぃーーー!!!」

真っ赤に泣き腫らした目のぐちゃぐちゃになった顔の従兄弟が飛びついてきた。

自分の事を心配して必死で探してくれたことが嬉しくてさっきまで渦巻いていたものが晴れ渡って、さっきまで空いていた胸の空洞が温かいモノでいっぱいに満たされて一筋の雫が頬をつたった。

「ぎよ゛臣!? ごめんなっ!ごわがったよな!不安だったよ゛なぁ??」

そう言って元也は強く強く俺を抱きしめてくれた。

 

その後は逸れないように手を握ってゆっくり園を周って俺が観覧車に乗りたいって言って最後に2人で乗ったんだ。

 

「  ――― 俺はあの時初めてお前が居ないと寂しいって事を知ったし、何よりお前が必死に探してくれたことが嬉しくて、お前と居られることが幸せなんだって気づけたんだ。だからココは俺にとっては悪い場所じゃなくてとても幸せな場所」

元也に一度も伝えていなかったアノ時の気持ちを伝えた。

 

「アノ時、観覧車の中でも言ったよね。騒がしいのは苦手でアトラクションはあまり好きじゃない。

イルミネーションは嫌じゃなくて、こうやってゆっくり観れる観覧車は悪くないって」

過去に伝えた事をもう一度言い聞かせるも気持ちが追いつかないのだか、元也は未だに顔上げれない。

どうしようも無くて愛おしい恋人に過去じゃなく今の気持ちを伝えることにする。

「騒がしいのはあんまりだけど、今はアトラクションも悪くないって思ってる。

元也といるの、アトラクションに乗るのと似てるから」

 

 

 

「き゛よ゛お゛み゛ぃ〜〜」

「ウワッ、汚ッ!!菌が移るからさっさと拭いて!」

想像はついていたけど、ようやく上げた顔は涙や鼻水やらでぐっちゃぐちゃでベチョッベチョになっていた。

ポケットタイプのうるりんとウェットタイプうるりんを元也に投げつける。

「...... 弊社製品のご愛用誠にありがとうございます。...... ズビッ」

何とか地上に着くまでに落ち着いた元也と観覧車を降りた。

 

 

元から世話焼きな性格ではあったがココの一件以降元也は極端に俺の周りを気遣うようになった。

元也の過失ではあったし自分が周りより過敏な性質なのは事実だが、元也が思っている程俺は弱くない。

 

 

『どんなに近うても言わんと伝わらんことはあるし、わかっとることでも言うてくれると嬉しいもんなんやで』

 

 

騒がしい関西人もたまにはいい事をいうなと思う。

同じ場所で同じ時間を過ごした2人の思いが真逆とか、あっていいわけないだろう。

「最後に、俺も乗りたいモノがある」

不思議そうに元也はわかったと頷いた。

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

「えっ......?本当に??聖臣コレはダメなんじゃないのぉ???」

「嫌いじゃないって言った」

聖臣が俺の思い出を塗り替えてくれようとしてるってのはわかった。わかったけど流石にコレはどうなの?

「気持ちは嬉しいよ。嬉しいからさ、ヤメよう!」

「煩い」

「わりぃ、俺絶叫系苦手になったんだよ〜」

「ハイ嘘ー。この前角名と仲良く乗ってたー」

この前のっていうので怯える鷲尾さんを角名とケタケタ笑いながら乗った宣伝の仕事を思い出す。

「何で見てるの!?ローカルじゃんアレ!角名か!?角名だな!!」

「もう煩いから黙ってて」

あからさまにイヤフォンをして元也を遮断する。

 

過保護元也の制止を振り切り列を前へ前へと進んで行って遂に俺達の番となる。

騒ぐ元也を黙らせてなんとか安全バーを掛けて貰うことができた。

「ああ、こんな緊張すんの初めてだ」

「...... なんでお前が緊張すんの?いつも通り乗ればイイじゃん」

「だってあの聖臣が、聖臣がだよ!?」

「俺がなんだよ」

なんでコイツはこんなに心配性なのか。

俺なんかよりよっぽどネガティブな従兄弟にウンザリしながらレールをゆっくり登り始めた車体に身を任せた。

「ああ、景色はこんなに最高なのに。もうすぐだよ、大丈夫か!?聖臣!もう戻れねえんだぞ聖臣!」

「お願いもう黙って!!」

後ろが堪えきれずにクスクス笑うのにコッチの方が耐えられない。

「聖臣っ!?うわ゛ぁーーーっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

レールをグルッと一周して気力も体力も全力で使い切った従兄弟が邪魔にならないように建物の角に踞る。

「......他人に感情移入して怖くもねえもんで死にかけるヤツはじめて見た」

「だって、ハァ...ハァっ....、しょうがないだろ!聖臣なんだぞ?」

「だから俺が何なんだよ」

何でお前そんな涼しい顔してんの?いつのまにそんな子に育ったの?っと元也がごねる。

 

宮と事前に関西で特訓した甲斐があった。

(ヤツらと娯楽施設で過ごした休日は最悪だったがソレに見合った成果は得られたので良しとする)

宮から「怯えとるヤツ見ると楽しさが勝って怖なくなる」と聞いていたが本当だったらしい。

それも乗れる事がわかったから今回だけかもしれないけど。

まあ、もうそんなに怖くないからこれからは普通に一緒に乗れるし別にいいんだけどね。

 

 

 

 

楽しかった夢の国を抜けて東京の夜景の中へとゴンドラが戻って行く。

「今日、ココに連れてきてくれてありがとな」

「ずっとアノ時の事後悔してて、聖臣にとっても嫌な場所なんだとばっかり思ってた。俺の思い違いだったんだな。ありがとな、聖臣」

「うん」

元也は晴れやかな俺の一番好きな笑顔で笑ってくれた。

蟠りが解けて、お互いに良い思い出の場所にすることが出来て良かった。

 

あっ!と元也が声を上げる。

「俺、この後行くトコわかったんだけど!当ててもいい?」

「どうぞ?」

にぃーっ顔で元也が答える。

「ピザ食べ放題の店!!」

「正解」

「ヤったー!!」

18年前、ココの帰りに寄ったトコ。

あそこのお店好きだったんだと元也は大喜びしてくれた。

 

 

   *******************

 

 

ぐぅ〜〜。 くるるるるるる。

バレーした後に思いもよらないトコで精神を酷使したせいですっかり忘れていたお腹が猛抗議を開始した。

めちゃくちゃ恥ずい。体を丸めて両手で押さえても止まりゃしない。だって生理現象だもん。

そんな俺を優しく笑って「もうすぐ着くから待ってて」って子どもをあやすみたいに言うのは止めて頂きたい。

「なんだよ聖臣は腹減ってないの?」

「減ってるよ」

絶対真っ赤になってる顔を俯いて隠しながら聞いた言葉に涼しい声で返される。

「...... 何でお前は鳴らねえの??」

「さあ〜? フン、......クククッ」

くっそ腹立つ〜〜!!!何で俺だけ鳴って聖臣は鳴らないんだよ!お前も恥かけよ?神様は理不尽だぁ!

 

聖臣の言葉通りそれから数分くらいでディナー会場に到着した。

美味しいピザの食べ放題のお店。

高層マンションの丘の中腹にある小学校の手前の交差点沿いに昔と風貌を変えずに古風な洋館は佇んでいた。

 

「佐久早様ですね、こちらのお席へどうぞ」

中に入ると直ぐに入り口近くの小さな半個室に通された。

「......? 予約席ちょっと狭くね?混んでる時間だったからかな?もっと広めの席空いてるけど」

「違う。少し狭くても一番目に付かない席にしてって言ったからココ」

「ああ〜、なるほどね。じゃあ俺が奥に座った方がいいんじゃねえの?

お前入り口から顔見えるじゃん?」

「いや、この席でいい」

お前じゃなくて、俺を隠したいって事?

聖臣と違って特に人に見られて困る事に心当たりがないので益々わからなくて首を傾げたその時、また盛大に腹が鳴いた。

「............くぅ〜〜ッッ」

屈辱すぎて疼くまる俺を楽しそうに向かいの従兄弟が笑ってくる。

「ククッ。良かったな、顔が見えなくて」

「くっそぉ〜〜〜っっ」

 

 

注文して間もなくピザが届けられた。

「良かったな。待ちに待ったピザだよ」って聖臣の声で顔を上げたところでまたひと鳴き。

「いい返事じゃん」

俺のお腹のバカ!なんでお前は我慢できないの!?

聖臣お前は たっっっのしそうにぃ!他人事だからってコノ野郎!!

「す、すみません゛ん゛ん゛」

再び項垂れて消え入りそうな俺に

「大丈夫ですよ!いっぱいありますから!いっぱい食べていって下さいね!」と、可愛い店員さんが励ましてくれた。

「もう、死にたい......」

「いっぱい食べていいって」

「聖臣シネ!!」

 

それから食った。これでもかってくらいに食ってヤった。恥なんてさっき盛大に捨て去ったからもう何も怖くない!

そろそろ止めろよって聖臣の言葉でじゃあ最後にコレってデザートピザを頼んでお皿にまだあるピザを食べつつ今日ずっと抱えていた疑問を投げかけてみた。

「今日は色々あったけど、すっごく楽しかったよ。ありがとうな。結局今日は何が目的だったんだ?ノスタルジーな気分なだけ?」

「...... 半分正解。かな?」

早速届いたピザを受け取りながら半分?と聞き返すとおもむろにスマホが手元に置かれて三角ボタンを押された。

 

画面に映し出された映像は癖のある黒髪のちっさいちっさい産まれてそう経ってなさそうな赤ん坊。

画面の端から麻呂眉のよく知ってる顔の若い女性が少し大きい赤ん坊を連れてやって来て二人の赤ん坊を近づける。

抱いてるママと同じ麻呂眉の赤ん坊がちっさい赤ん坊を見て大きな目をパチパチした後ママに振り返ってから手をおっきく開いてちっさい赤ん坊に近づけたところでぎゅっと小指を掴まれた。

ビックリして暫くフリーズしたところで気を取り直したようにブンブン腕を振ったところでちっさい赤ん坊が堪らず泣き出し、つられて大きい赤ん坊も泣き出した。

ごくごくありふれた幸せな光景だ。

 

「コレ、俺と元也の初めて出会った時の」

「聖臣、可愛いな」

「元也も可愛いじゃん」

クスっと笑って聖臣はスマホを自分のポケットに戻した。

 

「初めて会った時の事なんて覚えてないし、小学校に上がる前から顔を合わす機会はあったけど正直全く接点がなかったから今ほどの思い出なんてない」

「そうだな、聖臣はしゃべらないし大人しかったから。ウチの姉や妹とか他の従兄弟とも関わり少なかったもんな」

そう言ってもう霞がかって殆ど覚えていない頃を思い返してみる。

「俺にとって元也との出会いはバレーボールに誘ってくれたアノ時だと思ってる。元也と出会ってからについていっぱい考えた。元也のお陰で出会ったコトや知った世界、元也から貰ったモノを思い返したんだ」

「ちょっ、イキナリ何だよ??ヤめろって、また大変なコトになるんだけど!?」

半ば涙目で逆ギレの俺に「大丈夫。その為の席だし、うるりんちゃんと待機してるから」って聖臣が楽しそうに意地悪な笑みを浮かべた。

今までこんなコト一度もした事ない癖にクッソォッと背後でニタニタ笑っているであろう互いのチームメイトを恨めしく思う。

 

「元也、今日、何の日か知ってる?」

「へ?......」

あまりにも全く心当たりがなくてうんうん頭を傾げる元也に告げる。

「今日は元也が産まれて10000日目の日」

「え?そうなの??」

「うん」

コレっと言って青い小さな小箱を渡される。

中から出てきたのは有名なブランドのスポーツウォッチ。

「ちょっ、コレ結構するヤツじゃん!イイの!?」

「うん、貰って」

ラグジュアリーで何処にでもいつでも着けていられるデザインのソレを左手に付けて光に翳す。

自分の好きなデザインだというだけじゃなくって、聖臣が自分の為に記念日をお祝いして贈ってくれた事が何よりも嬉しくて何時間だって見てられる。

 

多幸感でどこかに行ってしまいそうな元也に聞いてって声をかけて引き戻す。

「元也、今まで俺の側に居てくれて、俺にバレーを教えてくれて世界を広げてくれてありがとう」

「ちょっ!だがらっ、そうぃ゛うの゛や゛めろってっ!...... ゔぐっっ」

ハイっと渡されたうるりんの中身を引っ張り出して乱暴に顔面に押し当てる。

「俺は恵まれてて、元也と出会えてずっと元也と走り続けてこれて今も世界を相手に戦えてる。とてもとても幸せな事だ。今まで一緒に過ごしてくれたコト、本当に感謝してる。好きだよ元也。

20000日目も、30000日目も、40000日目もそれ以外の日もずっと俺の側にいて欲しい」

「ズッ......。40000日目って何歳?」

鼻を啜ってふと引っかかった事を聖臣に投げかける。

「109歳と7ヶ月くらい」

「生きてる気しねぇー!なははははっ!!」

 

「俺と一緒にいつまでもずっと時を重ねて欲しい。元也の今までだけじゃなくこの先も俺にちょうだい」

「うん。よろこんで。

俺も、聖臣とこの先もずっと先もずっとお前の側に一緒にいたい」

 

 

 

 

 

12月15日木曜日、よく晴れて満天の星空が広がるシーズン真っ只中の師走の半。

試合が一区切りついた時期で天皇杯の真っ只中。大阪と静岡の2人はかつて共に過ごした東京にいる。

きっかけは多分、面倒臭い悪戯好きの狐の思いつきだったのかもしれない。

悪戯も悪戯。人を出し抜いてぐっちゃぐちゃに引っ掻き回して、迷惑も迷惑で大迷惑。

だけどそんな悪戯に、予言通り24時間後に感謝してるんだからどうしたものか。

 

「お前の10000日目、俺に用意しとけよな」って売り言葉に「楽しみにしてる」といつもと変わらない涼しい顔と、表情とは裏腹に僅か熱のこもった声が返される。

 

聖臣にあげた10000日目は抱えきれないくらいの掛け替えのない贈り物となって俺のところに帰ってきた。

当企画は非公式のものであり、実際の企業、人物等とは一切関係ありません。

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